2024.02.28院長コラム
この物語はフィクションです。
大坂の街の片隅で流浪の母と娘が救われた日をさかのぼること26日前…。
1597年3月22日の正午のことだった。太陽は真南の位置に輝いている。イネス・ペドロサと名乗る南蛮人女性が下僕1人を従えて、ふらりと加納寺家の大坂屋敷へとやって来たのである。
イネス・ペドロサは屋敷の主である七秀に面会を求めた。顔から首筋にかけて白粉(おしろい)を入念に塗布した南蛮人女性は男装している。
この日にすべてが始まった…。
織田信長が足利義昭を奉じて上洛する3年前、1565年の話である。畿内で隠然たる勢力を誇っていた下剋上大名、松永久秀(1508年-1577年)はキリスト教宣教師追放令を出した。久秀のことをキリシタンは悪魔と呼んだ。
現在、伴天連たちは加納寺二郎左衛門七秀のことを悪魔と呼んでいる。七秀が筋金入りのキリシタン嫌いで、なおかつ、それをまったく隠そうとしないからにほかならない。
七秀はキリスト教徒の元大名高山右近と仲が悪い。一時期、七秀と右近は荒木村重の下で同僚として働いていたが、実務的な会話以外はほとんど言葉を交わさなかったらしい。噂ではキリシタン大名である小西行長にも敵意を抱いているという。
加納寺二郎左衛門七秀は同じ法華宗の信者である加藤清正と懇意にしている。同時に、清正とは何かと感情の齟齬がある石田三成とも良好な関係を保っていた。
豊臣家内で絶妙な宮廷遊泳術を発揮して秀吉の覚えもめでたい。
茶の湯などには頭から興味がなかったが、秀吉が茶の湯を愛好するため興味があるふりをしている。
七秀は折に触れては周囲の者にさりげなく言うのである。
―茶の湯ほど、ゆかしきものはござらん―
七秀は吝嗇で無駄遣いを憎んだが、一つだけ例外があった。そもそも、この男は大の南蛮嫌いで南蛮文化そのものを胡散臭い(うさんくさい)とみていた。それにもかかわらず、鉄砲や大筒といった南蛮の兵器を取り入れることについては、ひどく熱心だったのである。
倹約を愛してやまない七秀であったが、南蛮の武器を購入するためには惜しみなく大金を投じるのが常だった。
「結び四つ目菱」が加納寺家の家紋である。加納寺家の領地は伊勢、近江、若狭、伊予の4ヶ所に分散しているものの、全部合わせると五万三千石あった。
そのキリシタン嫌い、南蛮人嫌いの七秀に会いたいと、イネス・ペドロサは門前に立っている。
本瓦葺(ほんかわらぶき)の破風屋根の下に総欅(ケヤキ)造りの大門があり両側に脇戸が設けられていた。木目が美しいこの門は近在では『加納寺様のケヤキ門』と呼ばれ有名だった。
2つの門扉が合わさる正中に計4個の鉄製の乳鋲(ちびょう→半球状の金具)が左右対称に配置されている。乳鋲の大きさは直径が20cmほどもあった。
乳鋲を取り囲むように半球状の鉄鋲が計16個打ち込まれ正方形を形作っている。鉄鋲の大きさは乳鋲の半分ほどである。門の外縁には八双(はっそう→補強と装飾を兼ねた鉄製の金具)が4つ取り付けられている。
八双の表面には12個の円錐状の鉄棘が突き出ていた。円錐の鉄棘は底辺の直径が2cm、高さが4cmほどある。
黒光りする鉄鋲と乳鋲、そして鉄棘つきの八双は門前に立つ者たちを無言で威嚇していた。
門に向かって立つと左側の脇戸の外側に出格子付(武者窓付)の片番所があるのが見える。片番所も総欅(ケヤキ)造りで10畳敷きほどの平屋だった。ここから24時間、訪問者を監視しているのである。門外には片番所への出入り口はない。
イネスが番所に向かって大声で呼ばわると左側の脇戸が開いて中から小柄で痩せた番兵と大柄で肥満した番兵が出てきた。この2人が本日の昼間の表門警護の当番兵のようだった。
番兵たちは半首(はつぶり)の上から白い鉢巻をしめている。鉢巻には黒字で「結び四つ目菱」の家紋が印されていた。半首(はつぶり)とは前額部から両頬をおおう防御用の鉄製の面具のことである。
番兵たちは鎧も着ていた。苔色の筒袖の上から濃い緑の腹巻(甲冑の一種)をつけて、筒袖と同じ苔色の四幅袴(よのばかま→膝上までの短い袴)をはいている。2人とも打刀をさし槍を持っていた。彼らの槍は物見槍で2mほどの長さしかない。
小柄で痩せた番兵はかなりの面長で両頬はこけていた。鎧の上からではわからないが、上半身裸になれば肋骨が浮き出ていることは造作もなく想像できた。
ガタイのいい肥えた番兵は相撲取りのような体躯である。濃くて太い眉の下にまん丸の目がある。眉と眉の間隔はほとんどない。
齲歯(うしょく→虫歯)によるものであろうか。大柄な番兵の前歯は何本か欠損している。蚊にでも刺されたのか右目の下には淡紅色の膨隆疹ができていた。
どうやら門番たちは二人とも水虫に悩んでいるようである。草鞋(わらじ)に載っている2人の足爪のほとんどが黄褐色に変色していた。
痩せた小柄な番兵がイネスに問いただした。
「あんた、誰じゃ。わしらは南蛮の言葉を話せんぞ」
イネスの口から滑らかな日本語が流れ出て来た。警護の番兵たちは予想がはずれて驚かざるを得なかった。イネスがまともな日本語を話すことなどできないと2人の番兵は勝手に決め込んでいたからである。
イネスが加納寺七秀への面会希望を伝えると番兵たちはイネスと下僕をジロジロと眺めまわし始めた。
イネスに付き添っている下僕は年老いた男で赤褐色の肌をしている。大男の太った番兵と同じくらい背が高かった。長身で180cmを優に超えている。顔はしわだらけで肩までの白髪を真ん中で分けていた。南蛮服を着ているが襞襟(ひだえり)はつけていない。2人の番兵はこの下僕が南蛮人のいで立ちをした日本人に違いないと結論した。
痩せた小柄な番兵は恐る恐る下僕に近づいた。そして今度は自分よりも顔1個分は背の高い下僕のほうを詰問したのである。
「おめえたちはどっから来たんだや?」
この問いかけを背の高い年老いた下僕は無視した。無表情のまま前を向いて何も答えない。ピクリとも動かず、問いただした番兵の顔を見ようともしない。
「こいつ、愛想がねえ!感じの悪い野郎だ!」
顔を歪めた小柄な番兵が相棒に言った。大男の番兵は同僚の苛立ちにすぐさま賛同の意を示した。辺りに滑舌の悪い、野太い声が響きわたった。
「オラもそう思うだ。一言も話さねえ!オラたちを舐めてるだ」
門番たちに明らかに悪い印象を与えてしまったと判断したのであろう。男装の南蛮人女性が急いで答えた。
「申し訳ありませぬ。この者は、見た目は日本人に似ておりますが、インカという異国の出ゆえ日本語を解しませぬ。それに舌を切り取られているため話すことができないのです。気を悪くしないでください。私たちは絹を扱う貿易商で長崎から参りました。こちらのお殿様に大事なお話があってまかり越したのです」
丸顔の大柄な番兵が痩せた小柄な同僚に尋ねる。本人は小声で話しているつもりのようだが、かなりの声量である。
「利助、どうするよ?舌をちょん切られてるってよ。何しろ舌がねえんだぜ。舌がなきゃ菓子を喰っても甘味がわからねえべ?せつねえことだ。この爺さんはどえらい悪さを仕出かしてよ、罰として舌を切り取られたに違いねえや。こいつら物騒じゃねえか?」
「うんだな。松蔵、おめえの言うとおりだ。主人の南蛮人のほうも、おなごなのに男の恰好をしてるだ。怪しい臭いがただよってるだ。それも生半可なものじゃねえ。肥溜めとおんなじぐらいキツイ臭いだ」
「利助よ、殿さまには取り次がなくてもいいべ?うちの殿さまは南蛮人嫌いだから、お会いになるはずがねえ。オラたちで、この南蛮人たちをすぐに追い返すべえ。そしたらよ、木村様に褒められるかもしれねえべ?木村様は『松蔵、機転を利かしてよくやった。槍を振り回すだけでなく気働きのできる奴よ』とおっしゃってよ、オラに菓子を下さるに違いねえだ」
松蔵という力士のような身体つきの足軽は加納寺の家中でも有名な怪力男だった。利助とともに槍組(長柄組)に属している。利助と同い年で29歳になっていた。
3間半(6.4m)の長柄槍を軽々と振り回す。松蔵のことを『少し鈍い男』と槍組の仲間たちは陰では馬鹿にしていたが、表立って松蔵をからかう者は誰もいない。皆、この男のことを恐れていたからである。この大男はいったん怒りだすと手がつけられない猛獣と化した。
3年前の1594年のことである。松蔵は利助とともに若狭の加納寺領に跋扈(ばっこ)する海賊の討伐隊に加わった。加納寺家の討伐隊は海賊が根城とする海に面した砦を水陸から攻めたてたのである。形勢不利とみた海賊衆は全滅を覚悟の上で砦から出て陸側の討伐隊に決戦を挑んできた。
このときの松蔵の働きぶりは凄まじかった。3間半の長柄槍を海賊衆の頭上に打ち下ろし突進してくる敵を次々と滅多打ちにして撲殺したのである。合計6人の海賊衆が猛り狂う松蔵の犠牲となり文字通り叩き殺されてしまった。
それ以来、加納寺の家中では松蔵のことを『槍松(やりまつ)』とあだ名するようになっていた。
戦場では狂猛な松蔵だったが、どうしたわけか同郷の利助に対してだけは仔犬のように従順で、いつも利助と行動をともにしている。
加納寺家の大坂屋敷では、槍組(長柄組)、弓組、鉄砲組の大坂詰めの足軽のうち、組頭や役づきの者たちを除く60人ほどが持ち回りで表門警護に当たる。
2人1組となり、昼夜2交代制で24時間の監視体制をしいていた。無役の足軽たちは月に2回は日直か夜勤の当直業務をこなさなければならない。この日の日直が利助と松蔵だった訳である。
松蔵は自分の判断だけでイネスを追い返そうと提案している。利助は早口で小言を言った。
「松蔵よ。おめえって奴は、図体がデカくて力持ちだが、いつも考えが浅すぎるのよ。俺らはただの足軽じゃねえか。門前払いするかどうかは上の決めるこったぜ。下っ端の人間が勝手なことをしてあとでお咎めを喰っても知らねえど。まったくオラが面倒をみてやらなきゃ、おめえは何一つうまくできねえな!とっとと奥へ走って木村様へ知らせてこいや」
「怒るなや、利助。オラ、すぐに行ってくるでよ」
『槍松』は物見槍を掴んだまま飛ぶように屋敷の中へと走って行った。残った利助は槍を構えて睨むような目つきでイネスとその下僕の様子をうかがっている。
しばらくするとしわ一つない黒の肩衣袴(かたぎぬばかま)を着た中年の武士が若侍2人と松蔵を従えて現れた。武士は月代(さかやき)を広く剃り二つ折り髷(ふたつおりまげ)にして、大小(打刀、脇差)を腰にさしている。
打刀、脇差の柄巻(つかまき)は黒い柄糸(つかいと)で巻かれ、鞘は黒漆で塗られていた。武士はイネスの紅い唇を見ながら名乗った。
「拙者は当家の中老を務める木村玄馬(げんば)実敦(さねあつ)と申す」
中老とは大名家の上級家臣で江戸期の次席家老に相当する役職である。木村は簡潔に告げた。
「殿は南蛮人とは一切、お会いなさらぬ。帰られよ」
イネスはこの答えを予期していたようだった。驚いた様子を見せない。流暢な日本語で木村玄馬に言った。
「木村様、私は南蛮人の恰好をしていますがキリシタンの敵です。この国のキリシタンを滅ぼす相談のために参りました。殿様にそのようにお伝えください」
木村玄馬は小首をかしげると脇戸を通って屋敷の奥へと消えていった。2名の若侍はその場に残って利助、松蔵とともにイネスと下僕を見張っている。
加納寺二郎左衛門七秀は中庭に面した奥御殿の回廊に腰を掛け、堺から取り寄せたばかりの新式の種子島(火縄銃)を手ずから分解しているところであった。
中庭には白い玉砂利が敷き詰められていて、鉄砲の試射ができるようになっている。庭の端から70 mほどの場所に太い木の杭が立っていて和製南蛮胴が吊り下げられていた。
的をはずれた弾を受け止めるために杭の背後に土を詰めた米俵が山積みされている。南蛮胴には無数の弾痕ができていた。
広い中庭の中央には黒松と赤松の銘木がそれぞれ一本ずつ植えられていて大きな木陰を作っている。
木村玄馬の報告を聞いた七秀は作業を中断してカルカを掴むと自分の左肩をポンポンと2、3回叩いた。カルカとは弾薬を銃身の奥まで詰めるときに使う装填用の棒である。
(妙な南蛮人が訪ねてきおったものよ)
「怪しき様子はなかったか?」
七秀は傍に控えている木村玄馬に尋ねた。
「特段、ござりませぬが、男のなりをした女でございます」
「表書院へ通せ。ただし主人の南蛮人だけだ。付き添いの従者は監視役の侍3名と足軽3名をつけて厩の前で待たせておけ。それと、玄馬、おまえも同席せよ。その南蛮人が少しでも不審な動きを見せたら即座に斬れ」
「承知つかまつりました」
木村玄馬が戻って来て邸内に入るようにイネスを促した。イネスと下僕が屋敷内へ入ると番兵の利助がすぐに脇戸を閉めて閂(かんぬき)を通した。ケヤキ門の内側は敷石になっている。あたり一面に大きさが不揃いの六角形の切石が敷かれていて玄関まで続いていた。
イネスと下僕が敷石の上に立つと番兵の松蔵が短銃、短刀の類を隠し持っていないかどうか、2人を調べようとしたが、すぐに利助が松蔵を止めた。
「松蔵よ、オラが調べるだ。おめえはどいとれ」
「やだ。オラが調べてえだ」
『槍松』こと松蔵は不満をあらわにしている。
「手落ちがあったら大ごとだ。いいから、どいてろや。オラが調べるだ」
ふくれっ面の松蔵を制した利助は槍を地面に置くとイネスと下僕の身体検査をした。イネスも下僕も抵抗することなくじっと立っている。調べを終えた利助は忠義物の太郎冠者(たろうかじゃ)よろしく、かしこまって報告した。
「木村様、この南蛮人たちは何も武器を持っていません。『そんてつ』も身に帯びてはおりませぬ」
利助は『寸鉄(すんてつ)』を『そんてつ』と言い間違えたが、それに気づかずに得意げに言上する。玄馬は小柄な番兵をねぎらった。
「ご苦労であったな、利助。あとで『わらび餅』を3つやる。引き続き門の見張りを抜かりなく勤めよ」
「へえ、しっかり勤めまする」
利助は木村玄馬に向かって這いつくばるように深くお辞儀した。
玄馬の背後には3名の足軽たちが立っている。この3名は鎧を着ていない。非番の鉄砲組の足軽たちだった。彼らは利助や松蔵と同じ苔色の筒袖と四幅袴(よのばかま)を着ていたが、半首(はつぶり)はつけておらず額当(ひたいあて)を巻いていた。
額当は防具の一種である。柿色の厚手の鉢巻きに前額部を防御するための薄い鉄板が縫い付けてある。足軽たちは全員が武装していた。短めの打刀1本をさし槍を持っている。槍は利助や松蔵と同じで2mほどの物見槍である。
足軽たちの横には筋骨逞しい武士が待機している。茶鞘の打刀と脇差を大小2本差にした武士は口周りに豊かな髭を蓄えていた。木村玄馬は髭の侍に命じた。
「一蔵(いちぞう)、下僕を厩の前へ連れて行け。下知があるまで見張るのだ。ここにおる侍と足軽たちを配下としてつける」
「ハッ…」
一蔵と呼ばれた髭の侍は背の高い老僕に声をかけた。
「ついて参られい」
老いた下僕は直立不動のまま首だけ回して、じっとイネスの目を見る。相変わらず表情に乏しい。
イネスは下僕に異国の言葉で侍の指示に従うよう話した。イネスの口から出た言葉はポルトガル語ではなかった。イスパニア人が話す言葉とも違っていた。だが、イネスが下僕のことを“ムリロ”と呼んだことだけは木村玄馬にも理解できた。
(下僕の名はムリロというのか…)
一蔵という侍が先頭に立ち、ムリロという名の下僕が続いた。一蔵は背中に全神経を集中させている。左手の親指で打刀の鍔(つば)を押して親指の腹で刀の鍔(つば)を押さえていた。背後に不審な気配を感じたら、振り向きざまに抜き打ちで下僕を斬り倒すつもりである。
下僕から2 mほどの距離を取って後方から2名の若侍が歩いて行く。一蔵と同じく若侍たちも刀の鯉口を切っている。槍を担いだ3名の足軽たちが、その後を進んでいく。
異国人の下僕が素直に厩へ向かうのを見届けた玄馬はイネスに言った。
「拙者について参られよ。表書院へお連れ申す」
「ありがとうございます」
イネスは深くお辞儀すると木村玄馬に従って屋敷の奥へと入っていった。
玄馬とイネスの姿が見えなくなると力士のような恰幅(かっぷく)の松蔵が短躯で細身の利助に文句を言い始めた。
松蔵の両頬はもともとふくよかであるが、普段よりも膨らみ、おまけに赤味を帯びている。濃い眉はさらに太くなったように見えた。『槍松』は手に持った槍を上下に動かし石突(いしづき)で石畳を叩いてコツンコツンと音を鳴らし始めた。石突とは槍を地面に突き立てる部分のことである。
松蔵は吠えた。口が大きく開くたびに抜けずに残った黄色い前歯が見え隠れする。前歯は上下合わせて6本ほどが虫歯に耐えて残っていた。
「利助はずるいだ!オラが調べたかったのによ。自分だけ木村様から褒められやがって。褒美の菓子までせしめてよ。おまけに『わらび餅』でねえか!オラ、わらび餅が何よりの好物だ。まったく面白くねえ!」
利助は松蔵の肩を軽くなでた。
「松蔵よ、おめえはオラという人間を誤解してるだ。おめえがうっかり見落としでもして叱られたらえらいことだと思っただよ。だから、代わりにオラが調べてやったんじゃねえか。オラはいつも、おめえのためだけを思って動いてるだ。わらび餅を貰ったら2個やるから機嫌なおせや」
「利助!わらびもちをオラにくれだか?だども、それだけではオラの気持ちは丸っ切りおさまらねえ。丸っ切りだ!オラは木村様に褒めてもらいたかっただ」
利助は大きくため息をついた。
「そうだったな…。松蔵、おめえはなんにも知らなかっただな…」
「なにをじゃ?」
「この前、おめえは歯が痛んで他の組の者と門番を交代したろ。その日の夕暮れ、たまたま木村様が配下の侍たちを連れて番屋の見回りにおみえになっただよ。そんとき、木村様はおめえがいないことに気がつきなさっただ」
「オラのことに?」
「そんだ。木村様はオラにお聞きになっただよ」
―利助、いつもお前と一緒におる松蔵の姿がみえぬ。いかがいたした?―
「オラは答えただ。松蔵の奴は具合が悪くて足軽長屋で休んでるってな。木村様はおっしゃっただ」
―『槍松』は当家の宝。息災にするように申し伝えよ―
木村玄馬はそう言い残して番屋を出て行ったという。利助は松蔵の肩をポンと叩いた。
「木村様はおめえのことを高く買っていなさるだ」
「なんで、それを早く言わねえだ?」
松蔵の言葉を聞いた利助はうつむいて地面をおおう六角形の切り石を凝視した。少し猫背になった利助が槍の石突でコツンコツンと石畳を2回だけ突いた。
「おめえに焼きもちを焼いただよ。オラは見てのとおり体も小さくて力もねえ。おめえのような武辺働きは無理だ。木村様がおめえを高く買っていなさるのを知って、おめえが妬ましくなっただ。だから黙ってただ…。すまねえ」
槍で地面を叩き続けていた松蔵は手を動かすのを止めた。
「オラ、機嫌が直っただ。もう怒ってねえ。オラ、嬉しいだ。木村様がオラのことを買ってくださっている…」
『槍松』は満面の笑みを浮かべている。
「利助よ、さっきの話じゃが、わらびもちをオラにくれるだか?」
「オラとおめえで分けるだよ」
「利助、おめえはやっぱり親切な男じゃ」
利助は松蔵の背中を小突いた。『槍松』の背中は分厚い筋肉を厚い脂肪がおおっている。
「決まってんべ。オラとおめえは同じ村出身の幼友達じゃ!人間には向き不向きがあるだよ。向いてねえことをやると大怪我するもんだ。考え事ははおめえには向かねえだよ。考えることはすべてオラにまかせろや!オラがおめえの『おつむ』になるだで、おめえは力自慢の体だけ動かして世渡りしてりゃええ。そうすりゃ、心配はねえだよ」
「そんだな。利助は村一番の知恵者で小さいときからの友達じゃからな。オラ、安心だ。ところでよ、どうしても確かめにゃならねえことがあるんじゃが?」
「まだ何かあるんか?なんじゃ?」
「わらび餅をほんとうに2個くれるんか?3個のうち2個だぞ!」
「松蔵…。おめえ、疑り深くなったなぁ…。間違いなく2個やるだよ。オラは、1個喰えば十分じゃ。おめえが2個喰えや」
「それを聞いて、オラ、『きんかいのいたり(欣快の至り)』だ」
「おめえ、『きんかいのいたり』、だなんて、どえらく難しい言葉を知ってるだな?」
「この前、木村様が殿様と話してるのを聞いて覚えただよ。木村様はオラたち下の者も人間扱いしてくださるだ。ちゃんとオラたちの目を見て言葉をかけてくださる。オラ、殿様より木村様のほうが好きだ」
利助はビクッと上体を震わせると素早く辺りを見回した。誰もいないことを確認すると利助は小声で松蔵を叱った。
「阿呆!滅多なこと言うもんでねえだ!他人(ひと)に聞かれたらどうするだ。まったく、おめえって奴はオラが傍についていてやらねえと危なっかしくて見ちゃいられねえな」
右目のすぐ下にできた虫刺されを松蔵はカリカリと掻いた。
「うっかり言っちまっただよ。オラ、おめえを頼りにしてるからよ。利助!これからもよろしく頼むだ」
「おうよ、オラがおめえの面倒をしっかりと見てやるだよ」
『槍松』こと松蔵と『村一番の智恵者』の利助は互いの肩を叩きあって笑った。出格子付番所の出入り口はケヤキ門の内側に1か所あるだけである。
仲直りした2人は物見槍を手にして再び番所の中へと入っていった。